Hotel Florence Montebello Splendid - Via Garibaldi, 14 - 50123 Florence (Italy)
   
   


モンテベッロ・スプレンディド・ホテル・フィレンツェ - ドゥオモ


  

巨大なゴシック様式のドゥオモは、13世紀末にアルノルフォ・デ・カンビオが着手し、幾世紀にも渡り数々の巨匠の手によって仕上げられた。11世紀中頃まではフィレンツェのドゥオモと言えばサン・ジョヴァンニであり、その後はサンタ・リパラータが大聖堂となる。アルノルフォ没後はジオット、アンドレア・ピザーノ、イル・タレンティなどが手がけ、1420年にはブルネレスキがクーポラを請負った。建築には140年の年月が費やされ、ドゥオモ正面部分が完成したのは1875年。内部はローマ十字式の設計で、フィリッポ・ブルネレスキの傑作クーポラを支えるアーチ、列柱が見られる。クーポラはルネッサンス様式でレンガ積みの2重構造。外部クーポラは内部クーポラよりも丸みが大きく、六角リブ構造である。
ドゥオモ内部の装飾、構造では、2つ聖具室や大理石床(14世紀)、パオロ・ウチェッロやアンドレア・デル・カスターニョ作のフレスコ画が目を引く。聖具室の扉にはルーカ・デッラ・ロッビアのリュネット彫刻が、アプシスのチャペルにはミケランジェロのキリスト降架図がある。1293年にフィレンツェ共和国は、当時の大聖堂サンタ・リパラータよりも荘厳な建築を求め、そのため全国民に遺産として一定額を寄贈することを義務づけた。
アルノルフォ・デ・カンビオは大祭壇へとつながる3廊から成るバジリカ式大聖堂を考案し、2つのスパンと新たなファサードに着手したが、実際に工事を手がけたのは1296年から亡くなった1302年までの6年間である。
アルフォルノに代わって鐘楼の建築を請け負ったのはジオット。一方、アンドレア・ピザーノが洗礼堂の南門を製作した。1348年にフィレンツェではペストが猛威を振るい人口が半減、同年にアンドレア・ピザーノも死去。1349年にフランチェスコ・タレンティがドゥオモの身廊を正方形に、そして側廊を長方形に区切る新案を提供。実際に手がけたのは1359年までで、鐘楼を完成させた。1370年ごろドゥオモ建設はほぼ完成へと近づき、アプシスの設計も順調であった。1375年にサンタ・リパラータが全壊され、花の聖母教会ことドゥオモはフィレンツェの新大聖堂として準備が整った。現在でもドゥオモ周辺の考古学エリアでは、サンタ・リパラータ元大聖堂の名残の鐘楼(現在の物よりかなり縮小サイズ)等を見ることができる。
1586年にメディチ家のフランチェスコ大公は、ドゥオモの新たなファサードの製作を決行。アルノルフォに見いだされた彫刻家の多くは、ドゥオモ内美術館の工事へと送られた。

 
Hotel Florence Montebello Splendid - versione italiana

Hotel Florence Montebello Splendid - english version

Hotel Florence Montebello Splendid - japanese version

Hotel Florence Montebello Splendid - russian version
 

モンテベッロ・スプレンディド・ホテル・フィレンツェ Ph.: +39 055.27471 Fax: +39 055.2747700 Email: info@montebellosplendid.com
 
Hotel Florence Montebello Splendid - Member of PremierHotels
:: powered by sestante ::